2020


ーーーー2/4−−−− 身長の遺伝


 昨年の暮、高齢の母が体調を崩して入院した。その見舞いに通い、繰り返し交わした思い出話の中で、初めて耳にしたことがある。私の父方の祖父は、背が低い人だったそうである。

 それだけなら、特に珍しい事でも無い。変わっているのは、祖父は子孫に背が低い子ができるのを恐れて、背が高い女性を選んで結婚したと言うのである。そして、自分より背が高い女房と並んでで歩くのを嫌い、けっして一緒に外出することは無かったとか。驚くべき目的意識である。

 その目論見は当たり、生まれた男の子たち、つまり私の父とその兄弟は、いずれも身長180センチ近くあり、当時としては長身な体であった。その血を引いてか、私も同程度の身長を授かった。もっとも私の場合は、母親が長身だったせいかも知れない。しかしさらに考えると、父が背の高い女性と躊躇無く結婚できたのも、自らが長身だったためだろう。となると、背が低いことに引け目を感じていた祖父の思いが、100パーセント叶ったと言うことになる。

 男の子は母親に似ると言い、女の子は父親に似ると言う。これはたぶん、自然の節理なのであろう。男の子が父親に似るのだったら、あるいは女の子が母親に似るのだったら、どのような相手と結婚しても、遺伝形質は変わらない。結婚によって遺伝形質が入れ替わるのは、絶妙な仕組みだと思う。それがまさに、多様性の原点であり、人生の喜怒哀楽の、一つの出発点であろう。

 ところで我が家の三人の子供たちは、長女が小さめで家内と同じ、長男は大柄で私と同じ、次女は中くらいの体格である。これはいったいどうしたことであろうか?




ーーー2/11−−− おじいさん


 
テレビの番組で、豪雪地帯の村落にカメラが入った。男たちが集まって神社の雪かきをやっていた。雪を運んでいた一人の年配者が、雪の上で滑って、ステンと転んだ。それを見て思わず「おじいさん、がんばれ」と、画面に向かって声をかけた。

 すると、隣で見ていたカミさんが、ふふっと笑い、言った 「あなただって、人が見れば十分におじいさんよ」




ーーー2/18−−− 女子アナの出世


 
NHK午後9時のニュースのキャスターと言えば、NHKの顔とも言うべき存在。それを堂々とこなしている女性アナウンサーKさん。そのKさんが、駆け出しの頃長野放送局にいた事を知っている人は、県外にはほとんどいないだろう。しかも、まったく出来の悪いアナウンサーだった事は、想像すら出来ないかも知れない。

 ニュースを読むときに、必ず読み間違える。しかも、何度も繰り返す。初めのうちは、新人だから仕方ないなどと思っていたが、月日が経っても一向に改善しない。彼女が登場すると、いつ間違えるかとハラハラする。年寄りなどは、心臓に悪いんじゃないかと感じたほど。取材に出ても、言い間違える。しかも手際が悪い。何ゆえこのような人材をアナウンサーとして雇ったのか、不思議に思ったものだった。

 視聴者から苦情が寄せられたかどうかは知らないが、そのうちニュース番組に出なくなった。代わりに、被りものを着て、番組の合間のお知らせのコマに出ているのを見かけるようになった。Kさん、ついに終わりが近づいたな、という印象を受けた。

 ところが、3.11の大震災が発生し、連日に渡って一日中ニュースが流れるようになった。長野放送局でも、アナウンサーが不足したのか、Kさんがカムバックした。それを見て、なんだか懐かしく感じたことを覚えている。

 その後、ぱったり姿を見せなくなったので、転勤か、あるいは辞めてしまったのかと思ったが、数年後なんと「ブラタモリ」のアシスタントとして登場した。それを見たときは、本当にびっくりした。忘れ去られたアヒルの子が、白鳥になって戻ってきた感じだった。

 長野から広島へ転勤となり、子供番組を担当して人気を博し、それが評判になったため東京に移り、「ブラタモリ」のアシスタントに抜擢されたというような噂を聞いた。そして今では、9時のニュースのキャスターだ。紅白歌合戦の総合司会も務めた。文字通り、NHKの顔である。

 アナウンサーとして全く適正が無いと思われた人が、こんな出世をした。世の中、分からないものである。




ーーー2/25−−− しゃくなげの湯


 
我が家の近くに「しゃくなげの湯」という温泉入浴施設がある。以前は「しゃくなげ荘」という温泉宿泊施設があり、観光客や登山者に親しまれてきたが、数年前に老朽化により廃止となり、代わりに隣接地に新たな温泉施設が建てられ、2016年の10月3日にオープンした。それが「しゃくなげの湯」である。

 以前の「しゃくなげ荘」も日帰り入浴が可能で、何度も利用した事があったが、いわば古色蒼然たるたたずまいで、それなりの雰囲気はあるものの、現代の多機能の温泉施設と比べると、ちょっと物足りない印象はあった。

 リニューアルした施設は、最新式の設備を備え、いろいろな入浴が楽しめ、コストパフォーマンスの良さを感じさせる。料金は、安曇野市民は500円で平均的な金額だが、市外の人は700円となる。70歳以上の人の料金は市内、市外ともに50円引きとなるが、この設定はいささかケチだと、シニア層には評判が悪いようだ。ちなみに大町市の「わっぱらの湯」は、通常400円のところ、65歳以上は250円となり、年配者に手厚い料金体系となっている。

 さて、私は「しゃくなげの湯」をこれまで22回利用した。何故そのような数値を示せるかと言えば、ポイントカードに押された印の数で分かるのである。そのポイントカードは、発効日が2016.10.13 となっているから、オープンして10日後に初めて利用したことになる。その後およそ三年半で22回だから、熱心な利用者とは言えない。ポイントカードに20個目の印が押された日は、無料となる。つまり20回に1回はサービスとなる。この設定も、いささか渋い。なお、カードには当初有効期限は一年間との表示が有ったようだが、その後赤線で塗りつぶされている。

 頻繁には利用していない私だが、体に疲れが溜まったときは出掛ける。ところで、行けばしょっちゅう出会う、顔見知りの70台前半の男性がいる。先日も浴槽に浸かっているのを見かけたので、近くへ寄って挨拶をし、話をした。開口一番「いやぁ、温泉はいいねー。のんびりして、何も考えないのが最高だよ」と言った。よく来られるのですか?と聞いたら、ほとんど毎日来ていると答えた。そして、この歳になっても仕事をさせてくれるところがあるから、この楽しみを続けられると言って笑った。なるほど、これは最高の、老後の楽しみと言えるかも知れない。

 その男性は、大浴槽の奥におさまり、湯船の縁に上がって胡坐をかいている姿を見ることが多い。それは温泉名主とも呼ぶべき、貫禄に満ちた姿である。